蹴る、一歩目。
出国174日目。巡礼最終日。
17カ国目スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラにいます。
歩く。
地面を蹴って進む。
左足に力を込めて地面を後ろに蹴る反動で、右足を前に出す。
そのタイミングで体重を右足に移し、今度は右足で地面を蹴り、左足を前に。
この地面を蹴る感覚の中で、一番好きなのは、100m走のときの一歩目のそれ。
どきどきしながら、スタートの合図に耳をすませる。
静かな数秒感のあとの銃声と共に、蹴る、一歩目。
なんてことを考えて、これスタートから何歩目なんやろと思いながら歩いたりしてた。笑
巡礼4日目はログローニョからナヘラまで29kmを歩いたあと、バスでナヘラからブルゴスまで。
大聖堂特有のあのぴりりとした緊張感、僕はやっぱり好きやな。
巡礼5日目はブルゴスからメリデまで電車とタクシーを乗り継いで、びゅびゅんと。
この日だけで400kmくらい進んだんじゃないかな笑。
巡礼6日目はメリデからサンタイレーネまで29kmをてくてくと。
そして巡礼最終日の今日、サンタイレーネからサンティアゴデコンポステーラまで23km。
そして、ついに、ゴール!!
アメリカ横断をした時にセドナで買ったお揃いのTシャツ。笑
100km以上歩いたので、巡礼証明書も貰って、ぱしゃり。
証明書と一緒にもってるのは、巡礼手帳(クレデンシャル)というもので、泊まった宿や、立ち寄ったカフェなどに置いてあるスタンプを押していく。これが結構楽しい。
うん、やっぱり嬉しいな、ゴール。
今回の巡礼は1週間だけで、途中バスも電車も使う、お手軽巡礼やってんけど、
それでも、嬉しかったし、ゴールの大聖堂見たときには、すごい感動した。
巡礼路800kmを全部歩くのには40日くらいかかって、
蓄積される疲労を抱えながら毎日この道を歩くのってすごいと思うし、
でもやっぱりいつかは全部歩きたいなと思う。
ゴールの大聖堂にある十字架には、他の教会でも見られるα(始まりの意味をもつ)とΩ(終わりの意味をもつ)の文字が通常の位置と逆に彫り込まれていて、
巡礼の終わりは、新しい人生の始まり、という、サンティアゴ巡礼の象徴的な意味をもっている、とのこと。
なんかいいなと思った。
歩き続けて来てゴールした最後の一歩が、これから歩いて行く次のゴールへの一歩目。
ありきたりな言葉かもしれないけど、それでもやっぱり、救われる言葉だと思う。
今回巡礼を通して再確認できたのは、道は続いているということ。
きっと、僕達の毎日もそれと同じで。
ふと、ずっとひっかかっていた一節が消化されていくのを感じた。
「たどりつきたい場所があるわけでもないのに毎日毎日走りつづけてしまう。
そういう人間のなかに走るという行為に対する好悪を断言できるものなどいるだろうか。」
風が強く吹いている/三浦しをん
自分の行動に対して、理由も好悪もわからない、別にそれでもいいんじゃないかな。と今は思う。
続いていく毎日のなかで、いつだって僕達のつま先はゴールに向かっていて。
だから安心して、日々を重ねていけばいい。
地面を蹴り続ければいい。
その中でも、やっぱり僕が好きなのは。
ゴールでもありスタートでもある、喜びと期待感とともに、蹴る、一歩目。
そんな毎日を生きていきたい。
うん、巡礼楽しかったな。